七割生活,とほほ

ちょっとニッチな分野の文系研究者による日々の感想とか,いろいろ

カーフェリーの話し

カーフェリーの話し。
 93年に鹿児島に引っ越してからも大阪府箕面市外大に非常勤で集中講義に行っていたので、年に二回はカーフェリーを使って鹿児島→京都の実家 実家から箕面へ数日通勤、というのを繰り返していた。
 なぜ車ごと帰っていたかというと、箕面間谷に京都から通うのが電車とバスの乗り継ぎで大変だったのと資料をもってあるく関係。そして後は車のドライブが好きだったからである。
 とはいえ、さすがに鹿児島から京都までズッと陸路で移動するのは疲れるなあということで、鹿児島の志布志港→大阪南港、南港から阪神高速で京都、箕面ということにしていた。後に宮崎港→大阪南港のルートに代えたが。
 志布志発のカーフェリーは夕方6時に出航し、翌日8時半に大阪南港に到着する。一晩ゆっくり泊まれるわけである。この船はもともと大型バスツアー客を想定して作られた船だったが、実際に乗ってみると、大型トラックが殆どで、時折、ツアー客、後には韓国人ツアー客がのる程度であった。やはり鹿児島市からのアクセスが悪いのである。自分が運転しても志布志まで約1時間半かかった。
 寝床はいくらなんでもごろ寝はつらいので、二等寝台にしていた。列車の寝台車みたいな奴である。
 ところがなんどか乗っているうちにいろいろ問題があることが分かってきた。
1)トラック運転者と同じスペースなので、ツアー客などが無闇にドライバーを怖がり、お互いに雰囲気が悪い。
2)飯がまずい。→弁当持ち込みに代えた。
3)夜中のトイレにいって帰ってくる客が、寝台の番号を間違え、寝ている上に腰掛けられたことが都合4回あった。
 特に寝台間違えは大問題で、本当に間違えているのか、セクハラだったのかわからない。寝間着や下着で寝ているといきなりカーテンをしゃっと開けて、酔っ払いがわたしの腹の上にすわりよるのである。悲鳴をあげると逃げていく。そんなことが一晩に2回あった。
 おもえば、仕事で女一人がフェリーで移動しているなどというのはあまりなかったので、寝台割り当てでも常にわたしの場所は私一人で下段であった。しかし、セクハラまがいはよろしくない。以後、わたしは高額だが個室寝台を予約することにした。
 そして、つらつらと考えてその後宮崎発のフェリーに代えることにした。(続く)